まちをひとつの宿と見立てる「まちやど」
2019年11月6日(水)、会津美里町役場本庁舎じげんプラザ2階大会議室にて「まちの資源や魅力を見つけ、新たな地域のにぎわいをつくる」ことを目的としたセミナー『会津美里町魅力づくり勉強会』が開催されました。そのレポートの続編をお届けします。
ゲストは、東京の谷中で複合施設「HAGISO」や宿泊施設「hanare」を展開する建築家の宮崎晃吉(みやざき・みつよし)さん。まちをひとつの宿と見立て、新たなまちの楽しみ方を提案する「まちやど」とは?
10年住んで気付いた、まちの魅力と課題
2013年に「HAGISO」をオープンし、もっとまちの役に立てる活動をしたいと感じたという宮崎さん。メディアに露出されているレトロブームに乗じた「谷根千(谷中、根津、千駄木エリアを指す愛称)」の姿より、ギャラリーや神社・仏閣、博物館・旧跡、銭湯、食事処、ショップなど、魅力的なスポットや体験を旅人に紹介したいと考えて、「宿泊」という形を通して地域の資源をネットワークする「hanare」の構想は始まりました。
具体的には、「HAGISO」にレセプション機能を持たせて拠点とし、宿泊はまちのなかのに設けた宿泊棟で、レストランやバーはまちの飲食店で、大浴場は銭湯へ、お土産は商店街で、自転車は自転車屋でレンタサイクルをする。まちを朝から夜まで楽しみつくしてもらう構想です。
(引用:宮崎さんレクチャー資料)
今すでにあるものの 見方を変える
宿泊棟としたのは、「HAGISO」の近くに空き家として放置された木造アパートでした。すでに近所の人すらオーナーの住所が分からないという状態になっていたところを、法務局で住所を調べ、所有者に手紙を書き、連絡を取ったのだそう。
所有者は、県外に暮らす人。祖母から相続したものの、老朽化していてそのまま使うことも出来ない。かといって、修繕費用をかけても人が住むか分からない、壊して新築を建ててもセットバックで面積が小さくなる……と、頭を悩ませている状態だったそう。
宮崎さんはこのオーナーに自分の構想をプレゼン。10年の定期借家として借りること、10年分の家賃の一部を先に払いすることを条件として自ら提示して、そのお金で工事発注してもらうことに。そうすることで、オーナーさんは無借金で工事発注ができ、建物をリノベーションできるという考えです。
「初期投資として掛かる改修費用融資を最初は銀行へ相談しましたが、いくら説明をしても担当者はプロジェクトの価値を理解できず、あまりに話が通じなかったんです。そこで『HAGISO』での収益に身内から借りてきたお金を加えて自己資金とし、オーナーさんには改修費を支払っていただく形で、全体の費用を賄いました」
(引用:宮崎さんレクチャー資料)
とはいえ、5部屋あると旅館業法上は民泊ではなく旅館の扱いになるため、建築基準法や旅館業法をクリアしなければならなかったりと課題はたくさん。その一つひとつを乗り越え、2015年11月14日、宿泊施設「hanare」はオープンを迎えました。谷中にしかない日常を体験したいと、世界じゅうから旅人が訪れています。
“ここにしかない日常”がつくり出すツーリズム
まちに惚れ込み、事業を育てながらまちを観察し、新たな事業をまちなかに埋め込んでいく宮崎さん。2017年9月には一般社団法人日本まちやど協会を立ち上げて、全国で同じように宿を展開する人たちのネットワークをつくっています。
宮崎さん曰く、「まちやど」とは、「まち全体をひとつの宿と見立てた宿の仕組み」なのだそう。宿泊施設の中にあえて機能を集約せず、まちのなかに点々と散らばっている魅力的なスポットや店舗、機能を宿とつなぎ合わせる。そうすることで、訪れた人にまち全体を楽しんでもらうという新しい宿泊の形です。
「例えば」と、全国の事例のなかから紹介したのは、富山県南砺市(なんとし)の井波地区にあるまちやど「BED AND CRAFT」。最寄り駅まで徒歩1時間半の山村集落の限界にあり、バスでしか辿り着けないというロケーションにありながら、井波地区は約200人の職人の工房が軒を連ね、「日本一の木彫りの町」として有名なエリア。そこで、この宿では「井波の職人に弟子入りできる宿」というコンセプトを掲げ、宿泊すると木工ワークショップに参加できるコンテンツをつくりました。
「『BED AND CRAFT』のメンバーはまちの空き家を改修して、6棟ほど宿泊施設を運営しながらまちの人を繋いでいます。もともとここは日帰り観光のまちで、旅人はお寺の参拝を終えると次の観光名所へと向かってしまう。そこで職人という資源に目を向けたんです。ワークショップは2〜3時間で、参加費はひとり1万円ほど掛かりますが、海外の人に見せると、『本物の職人を半日僕のために拘束して1万円で良いの?』という反応が返ってくる。実際に日本に初めて来た旅人にも関わらず、東京も京都も金沢もすっとばして南砺市に来るというお客さんもいる」
観光地よりも、そこに生活している人たちの日常が息づいているまちの方が『まちやど』の可能性があると、宮崎さんは言います。宿泊の延長線上にその土地の暮らしに触れることができるのが、「まちやど」の最大の強みなのです。
すでにあるまちの資源を編み直し、新たな事業を埋め込んでいるのが宮崎さんの手法。まちの価値を損なわないような、暮らしと観光の共存を目指す。宮崎さんのように、「お宝」だと思ってまちの細部を見直してみると、会津美里町らしい唯一無二のコンテンツが見えてくるかもしれません。
文:『会津美里の日々』編集室