天海大僧正一代絵巻

天海大僧正の功績と生涯 - 歴史年表 -

和 号
西 暦
年 齢
天海大僧正の主な項目
 
天文5
1536
1
現在の会津美里町に生まれる。
幼名兵太郎。父舟木景光。母葦名氏。
 
同15
1546
11
稲荷堂の別当・弁誉舜幸に随って、龍興寺にて得度し「随風」と名乗る。
 
同18
1549
14〜26
この頃各地へ遊学。天台宗、法相宗の名刹や足利学校に学ぶ。
 
【会津の動き】- 1553
会津領主十六代葦名盛氏立つ
 
【会津の動き】- 1561
盛氏、向羽黒山城築城
 
元亀2
1571
36
織田信長の比叡山焼き討ちによって、甲斐へ。武田信玄の帰依を受ける。
 
天正元
1573
38
葦名盛氏の求めにより会津に帰国し、稲荷堂の別当となる。約十年在住。
 
【国内の動き】- 1573
室町幕府滅亡
 
【会津の動き】- 1580
葦名盛氏没
 
同10
1582
47
会津天寧寺の仁庵善恕に参上し、禅の教えを受ける。
 
【国内の動き】- 1582
武田家滅亡/本能寺の変
 
同17
1589
54
葦名家、磨上原の合戦で伊達政宗に破れ、二十代義広を護って常陸に落ち延びる。
 
【会津の動き】- 1589
会津葦名家滅亡/伊達家支配
 
同18
1590
55
川越の無量寿寺(のちの喜多院)に行き豪海権僧正に師事し、名を「天海」と改める。
この年徳川家康と初対面。
 
慶長元
1596
61
師豪海が亡くなり、その法統を継ぐ。
 
【国内の動き】- 1600
関ヶ原の戦い
 
【国内の動き】- 1603
江戸幕府開府
 
【国内の動き】- 1605
徳川秀忠 二代将軍就任
 
同14
1609
74
比叡山の東塔南光坊に住む。勅命により後陽成天皇に仏法を講義する。
権僧正となる。
 
同15
1610
75
駿府にて家康のために天台論議を行う。
 
【国内の動き】- 1614
大坂冬の陣
 
【国内の動き】- 1605
大坂夏の陣
 
元和2
1616
81
駿府にて家康を看病し、死後の祭祀を遺言される。家康没。大僧正となる。
 
同3
1617
82
朝廷より家康に「東照大権現」の神号を賜わる。家康の霊柩を久能山から日光山に改葬。
 
同6
1620
85
秀忠、日光山・久能山・喜多院寺領の朱印を大僧正に任せる。
 
【国内の動き】- 1623
徳川家光 三代将軍就任
 
寛永2
1625
90
東叡山寛永寺の建立に着手。
 
同11
1634
99
家光に比叡山諸堂舎の復興再建を願う。
 
同13
1636
101
日光東照社の再造営竣工する。比叡山大講堂が再建される。
 
【国内の動き】- 1637
島原の乱
 
同20
1643
108
病気に臥す。10月2日遷化。
 
慶安元
1648
--
朝廷より「慈眼大師」の諡号を賜わる。
 


参考:上野寛永寺慈眼大師略年表

 
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