永禄4年(1561年)から永禄11年に築かれた山城跡であり
数多くの削平地(曲輪)、虎口(門)が存在します。
本日は、その中の御茶屋場曲輪という場所を
ご紹介いたします。

こちらは、葦名氏が茶の湯をしていた場所と伝えられており、
天気の良い日は遠く磐梯山も望まれる場所です。
是非茶の湯をしてみてはいかがですか?
2009.05.02 - 文化歴史スポット
永禄4年(1561年)から永禄11年に築かれた山城跡であり
数多くの削平地(曲輪)、虎口(門)が存在します。
本日は、その中の御茶屋場曲輪という場所を
ご紹介いたします。

こちらは、葦名氏が茶の湯をしていた場所と伝えられており、
天気の良い日は遠く磐梯山も望まれる場所です。
是非茶の湯をしてみてはいかがですか?
関連キーワード:向羽黒山城
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会津美里町には、葦名盛氏公が築いた向羽黒山城跡がございます。
そこには二ノ丸という場所があり、お酒の名前にもありますが、キザクラが咲いています。
名を【ウコン桜】といい、黄色い花を咲かせる桜です。
画像は本日4月30日(木)に撮ってきた写真です。



いかがですか?天気が良過ぎて見ずらいですが、鮮やかな黄色で、
とても綺麗なんですよ。それと併せて二ノ丸からの景色も絶景です。
写真はこちら、

会津の街並みを一望でき、鶴ヶ城の天守閣も見えます。
是非、向羽黒山城跡二ノ丸に足をお運び下さい。
関連キーワード:向羽黒山城
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2009.04.28 - まるごと美里ブログ, 文化歴史スポット

1.若松の側面を強化し鶴ヶ城の弱点を強化すること。 画像はお茶屋場からみた鶴ヶ城方面。
2.南方日光街道方面よりの敵の侵入を防止すること。
画像は弁天神社からみた南方方面。

3.越後方面より侵入して来る敵に対しその側面を攻撃し、敵の鶴ヶ城攻撃を阻止するにあった。画像は二ノ丸からみた磐梯山。
巌館銘のとおり、堅固の向羽黒山城風景です。
関連キーワード:向羽黒山城
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会津美里町には、会津地方唯一の三重塔で有名な法用寺があります。
法用寺境内にある観音堂は、会津三十三観音札所の一つで、この観音堂前に会津五桜の一つである「虎の尾桜」が、東側に低く張り出し、虎が横たわる姿で異彩を放っています。花期は遅く、4月下旬から見ごろであり、花と葉が同時に開きながら花は3cmくらいの大きさにもなり、花びらは5~6枚で半八重と淡い紅色で、終わりになるにつれ紅が濃くなり、雄しべの変化したものが花の中央から出てきます。
このような重弁になる花の形から、「虎の尾」と見立てる説もあります。
4月下旬が見ごろであることから、今週の26日(日)には虎の尾桜の下で、地元の保存会等で「野点茶会」が開催されます。
古木として歴史ある桜の下で、お茶を嗜んでみてはいかがですか。
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2009.04.21 - 文化歴史スポット

向羽黒山城跡を見学する場合、大型バスで2の丸跡まで行けます。
この2の丸跡で、会津盆地を一望していただき、遊歩道を通って虎口とげんぺい沼を散策し、3の丸に抜けるのがお勧めです。この際、大型バスは3の丸で待機してれば、効率的に向羽黒山城跡を満喫できます。
なお、大型バスについては、長さ1,135cm、幅249cm、高さ358cmまで可能ですが、一部立木の枝がバスに接触しますので、ご了承の上通行願います。
また、散策する際には、会津美里町観光ボランティアガイドによる無料ガイドもご提供できますので、
会津美里町観光協会0242-56-4882までお申込下さい。
関連キーワード:向羽黒山城
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2009.04.21 - 文化歴史スポット
向羽黒山城が築かれる以前、葦名(あしな)時代は政治や生活の場として、黒川城(現在の若松城の地にあった)があり、葦名盛氏以前は、黒川城以外に戦争時に立て籠もる詰めの城として、小田山城がありました。しかし、小田山城から黒川城内の動きが手に取るように見えることから、黒川城の防御上、敵にこの城が落ちると不利となるため、独立した別の場所に山城を移したのが向羽黒山城です。
この向羽黒山城は、葦名盛氏以降、伊達政宗や蒲生氏郷にもよって改修を重ねられています。
現在は、国指定史跡となっており、ニ曲輪跡からは会津盆地を一望できる憩いの場として利用されています。
~時は大河ドラマ「天地人」時代の慶長3年(1598)~
越後から直江兼続と上杉景勝が会津に入り、葦名盛氏が1561年から1568年までの8年間を費やして築いた向羽黒山城を、徳川家康の会津進攻に備える最後の砦として大改修しました。
写真は、当時の復元図と現在のニ曲輪になります。
関連キーワード:天地人
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2007.07.14 - 文化歴史スポット
会津美里町本郷地域にある向羽黒山城跡は、葦名盛氏が家督を子の盛興に譲り隠居城として7年の歳月をかけ1568年(永禄11年)に築きあげました。
この『奥州會津城主葦名家系譜』には奥州會津城主葦名家系譜、會津領主葦名公歴代図、「鵯越の逆落とし」・会津太守葦名家についてまとめた1冊の本と、葦名家16代盛氏公が1559年(永禄2年)に会津より一万からの大軍勢を動員して、安積郡の堂山館と大槻城に押し寄せた大きな合戦を金屏風に描く為の下絵葦名盛氏公合戦金屏風下絵の4点が入っています。

会津若松市大戸町小谷 初瀬川ウメ記念館、
会津美里町インフォメーションセンターにて税込600円で販売しております。
5月27日のふれあい茶会開催日に発行されました。葦名家について調べている方には必見の書です!!
※著者は会津美里町観光協会理事の遠藤 秀一さんです。
※絵画は初瀬川ウメ記念館の佐藤 セツ子さんです。(雅号:富山 南斎)
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